十一 - 10
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「これからが聞きどころですよ。今までは単に序幕です」
「何でもいいからちょっと英語に訳して見ろ」
「羅甸語は分ってるが、何と読むのだい」
「そりゃ困ったろう。どこへ入れたい」
「まだあるのかい。こいつは容易な事じゃない。たいていのものは君に逢っちゃ根気負けをするね」
「従卒でもいいから何だ」
「こりゃ何と読むのだい」と主人が聞く。
「みんな同価(どうね)かと聞くと、へえ、どれでも変りはございません。みんな丈夫に念を入れて拵(こし)らえてございますと云いますから、蝦蟇口(がまぐち)のなかから五円札とhttp://www.99lib.net銀貨を二十銭出して用意の大風呂敷を出してヴァイオリンを包みました。この間(あいだ)、店のものは話を中止してじっと私の顔を見ています。顔は頭巾でかくしてあるから分る気遣(きづかい)はないのですけれども何だか気がせいて一刻も早く往来へ出たくて堪(たま)りません。ようやくの事風呂敷包を外套(がいとう)の下へ入れて、店を出たら、番頭が声を揃(そろ)えてありがとうと大きな声を出したのにはひやっとしました。往来へ出てちょっと見廻して見ると、幸(さいわい)誰もいないよう藏书网ですが、一丁ばかり向(むこう)から二三人して町内中に響けとばかり詩吟をして来ます。こいつは大変だと金善の角を西へ折れて濠端(ほりばた)を薬王師道(やくおうじみち)へ出て、はんの木村から庚申山(こうしんやま)の裾(すそ)へ出てようやく下宿へ帰りました。下宿へ帰って見たらもう二時十分前でした」
「どこへ入れたと思う」
「読める事は読めるが、こりゃ何だは手ひどいね」
「どれ」
「いいえ」
「こん度はヴァイオリンを売るところかい。売るところなんか聞かなくってもいい」
「天井はないさ。百姓家(ひゃくしょう99lib.netや)だもの」
「何だって?Quid aliud est mulier nisi amiciti inimica[#「amiciti 」は底本では「amiticiae」]……こりゃ君羅甸語(ラテンご)じゃないか」
「どうも困るな、東風君、君だけだね、熱心に聞いてくれるのは。少し張合が抜けるがまあ仕方がない、ざっと話してしまおう」
「見ろは烈しいね。まるで従卒のようだね」
「いいえ」
「そんならなお聞かなくてもいい」
「どうです苦沙弥先生も御聞きになっては。もうヴァイオリンは買ってしまいましたよ。ええ藏书网先生」
「まだ売るどこじゃありません」
「ヴァイオリンはようやくの思で手に入れたが、まず第一に困ったのは置き所だね。僕の所へは大分(だいぶ)人が遊びにくるから滅多(めった)な所へぶらさげたり、立て懸けたりするとすぐ露見してしまう。穴を掘って埋めちゃ掘り出すのが面倒だろう」
「だって君は平生羅甸語が読めると云ってるじゃないか」と迷亭君も危険だと見て取って、ちょっと逃げた。
「わからないね。戸袋のなかか」
「無論読めるさ。読める事は読めるが、こりゃ何だい」
「そうさ、天井裏へでも隠したかい」と東風君は気楽な事を云う。
九九藏书网「ざっとでなくてもいいから緩(ゆっ)くり話したまえ。大変面白い」
「話すのは無論随意さ。聞く事は聞くよ」
「夜具にくるんで戸棚へしまったか」
「夜通しあるいていたようなものだね」と東風君が気の毒そうに云うと「やっと上がった。やれやれ長い道中双六(どうちゅうすごろく)だ」と迷亭君はほっと一と息ついた。
「この二行さ」
「根気はとにかく、ここでやめちゃ仏作って魂入れずと一般ですから、もう少し話します」
東風君と寒月君はヴァイオリンの隠(かく)れ家(が)についてかくのごとく問答をしているうちに、主人と迷亭君も何かしきりに話している。
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